鳥取地方裁判所米子支部 昭和34年(ワ)68号 判決 1960年9月29日
原告 上道農業協同組合
被告 鳥取漁網株式会社
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金二十一万九十六円及びこれに対する昭和三十三年七月一日より完済まで日歩金三銭五厘の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
「原告組合は定款第十八条で組合員以外の者に対しても貸付を行う旨規定しており、昭和二十三年七月七日原告組合総会において被告会社に対する資金貸付につき同条に定める承認議決を経た上被告会社に対し訴外松下健二、同門永正平、同柏木満徳連帯保証の下に同年八月三日金三十万円を利息年八分四厘、返済期日昭和二十四年七月末日、期限後損害金日歩金四銭(その後日歩金三銭五厘に減率)の約で貸与した。
ところが被告等は昭和三十三年六月末日までの利息、損害金及び元金内金八万九千九百四円を支払つたのみでその余の支払をしない。
よつて原告は被告に対し右残元金二十一万九十六円及びこれに対する期限後である昭和三十三年七月一日より完済まで日歩金三銭五厘の割合による約定損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ。」
と述べ、
なお被告主張事実はすべて争うと述べ、
証拠として甲第一号証、同第二号証の一ないし三、同第三号証の一、二、同第四号証の一、二、同第五号証の一ないし三を提出し、証人中原永清、同遠藤巌(第一、二回)、同里道勝己、同門永正平、同松永誠一郎の各証言ならびに原告代表者本人尋問の結果を援用し乙第一号証中郵便官署作成部分の成立は認めるがその余は不知、乙第二、第三、第六ないし第八号証はいずれも不知、乙第四、第五号証は成立を認めると述べた。
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁ならびに抗弁として、
「原告主張の請求原因事実はすべて否認する。
原告主張の消費貸借の借用証書によると原告組合は監事によつて代表されておる。農業協同組合において監事が組合を代表するのは組合が理事と取引し両者の利害が相反する場合に限られるところ、右貸借で被告会社の借入債務を保証した門永正平が原告組合の理事であつたことは相違ないがその保証契約は原告組合と利害相反するものではないから、被告との消費貸借は監事が組合を代表すべき場合ではなく結局原告組合は適法な代表者によつて代表されずその契約は原告との間に成立していない。
農業協同組合が組合員でない者に資金を貸付ける所謂員外貸付については定款にこれを認める規定がなければ許されないが、原告組合の定款にはその旨の規定がない。従つて原告組合の組合員でない被告に対する資金貸付は農業協同組合法第一条、第八条の趣旨に反し原告組合の目的の範囲を逸脱し無効である。
原告組合に所謂員外貸付を認める定款の規定があつたとしてもなおその貸付は同法第一条、第八条の趣旨に副うものでなければならない筈であるが被告会社は漁網の製造、漁業資材の販売を業とするものであるから被告に対する金銭貸付は同条項の趣旨に反しており、原告組合の事業の範囲に属せず無効である。
更に原告組合の定款に所謂員外貸付の規定があつたとしてもそれは予め総会の議決を経た場合に限ると定められていた。しかし被告会社に対する資金貸付について総会の議決は全くなされていない。従つて定款の定めるところに違反してなされた被告えの資金貸付は無効である。
仮に原告主張の被告との消費貸借が有効に成立したとしても、原告は昭和三十三年六月頃被告所有の動力蛙又編網機六粍一台(時価十万円以上相当)、同編網機九粍四台(一台時価七万円以上相当)、文銭木管捲機五錘付一台(時価四万円以上相当)、漁網縦引機一台(時価二十万円以上相当)を、当時被告よりその保管を委託されていた丸圧撚糸工業有限会社に対し、被告から提供を受けたと不実のことを申向けて搬出し、これ等を古物商門永一男に対し金八万六千九百四円で売却し因つて原告に金五十三万円以上の損害を蒙らせたので、被告は原告に対する右損害賠償債権と原告の被告に対する貸金債権と本訴(昭和三十四年十二月十四日第五回口頭弁論期日)において対当額で相殺する。」
と述べ
証拠として乙第一ないし第八号証を提出し、証人林彦一郎、同磯野正男の各証言ならびに被告代表者能見正雄本人尋問の結果を援用し、甲第一号証中林彦一郎名下の印彰が同人の印鑑の印影と同一であることは認めるがその余の成立は否認する、これは何人かが偽造したものである、仮にそうでないとしても林彦一郎の肩書鳥取漁網株式会社代表取締役の表示は後に何人かが加筆変造したものである、甲第二号証の一ないし三、甲第五号証の一、三、四はいずれも成立を認める、甲第三号証の一、二、甲第四号証の一、二、甲第五号証の二はいずれも不知であると述べた。
理由
原告組合が農業協同組合法に基いて設立されたものであり、被告会社がその組合員でないことは弁論の全趣旨に徴し当事者間に争いがないところである。
而して証人遠藤巌の証言(第二回)により原告組合の貸付台帳としてその成立が認められる甲第三号証の一、二、同証言により成立が認められる甲第四号証の一、二、成立に争いがない甲第五号証の一、三、証人松永誠一郎の証言により原告組合の原始定款であると認められる甲第五号証の二、証人遠藤巌(第一、二回)、同門永正平、同松永誠一郎、同林彦一郎の各証言、原告代表者本人尋問の結果、甲第一号証を綜合すると、
「原告組合定款第十八条は、
この組合は組合員の利用に支障のない場合に限り組合員でない者に前条各号の事業(原告組合の事業を指す)を利用させることができる。但し一事業年度における組合員の事業の利用分量の額は当該事業年度における組合員の事業の利用分量の総額の五分の一を超えてはならない。
前項の規定により前条第一号の事業(組合員の事業又は生活に必要な資金の貸付)を利用できるのは予め総会の承認を経た者に限る。
と原始定款以来現在まで規定しておる。
ところで昭和二十三年七月頃当時被告会社代表取締役林彦一郎から同会社の業務一切を一任されて処理していた訴外門永正平は同人と被告会社の運転資金を原告組合より借入れることを相談しその承諾の下に被告会社代表取締役林彦一郎を代理して原告組合に資金借入方を申し込んだ。
原告組合は昭和二十三年七月二十六日組合長理事松永誠一郎他理事六名(門永正平を含む)ならびに監事福田栄一、同門永吉春等が出席して役員会を開き、被告会社に対し金三十万円を貸付けることを議決した。
而して被告会社代表取締役を代理してその消費貸借契約の締結に当ると共にまたその借入につき保証人となることを約した門永正平は原告組合の理事でもあつたので、その消費貸借契約締結については原告組合の監事福田栄一が原告組合を代表した。
かくて昭和二十三年八月三日原告組合は訴外松下健二、同門永正平、同柏木満徳を連帯保証人として被告会社に対し金三十万円を利息年八分四厘、期限後損害金日歩金四銭、返済期限昭和二十四年七月末日の約で貸与したのであつて、被告会社は右各条項を有する借用証書(甲第一号証)を作成し原告組合監事福田栄一宛に差入れた。尤も右借用証書中債務者被告会社代表取締役林彦一郎の氏名はその代理人である門永正平が記載したものであり、名下の林彦一郎の印鑑の押捺は同人が承諾するところであつた。」
以上の事実が認められる。
被告代表者本人尋問の結果中右認定に反する部分は直ちに措信し難く、証人林彦一郎の証言により成立が認められる乙第一号証も同証言と併せ考えるときは未だ右認定を覆すに足るものではない。
被告は、本件は監事が組合を代表すべき場合に該当しないので原告組合は適法な代表者によつて代表されておらず、右認定の消費貸借は原告組合について成立しない旨主張するが、農業協同組合法第三十三条で監事が組合を代表すべきであるとした、組合が理事と契約するときとは右認定の如く理事が第三者の代理人となつて組合と取引する場合をも含むことは明かであるから右被告の主張は採用することができない。
しかしそれにしてもなお原告組合の組合員でない被告会社に対する資金貸付は農業協同組合法第十条第三項及び同条項に基く原告組合定款第十八条の規定に従つてなされるべきであつて、もしこれに違反するときは組合の基礎を危くしまた組合設立の目的にも反するものであるから組合の事業の範囲外の行為として法律上無効である。
そこで前記認定の被告会社に対する資金貸付について原告組合定款第十八条所定の要件である総会の承認があつたかどうかについて検討することとする。
証人松永誠一郎の証言中には「昭和二十三年七月七日原告組合は臨時総会を開いて被告会社に対する前認定の資金貸付を承認する議決をしたのであつて、その議事録(甲第五号証の四)中第五号議案昭和二十三年度における貸付金及び借入金の最高限度決定の件とあるが被告会社に対する貸付の議案をも示すもので、明確にその旨記載がないのは議事録作成者の手落にすぎない。」とする部分がある。
けれども所謂員外貸付は組合及び組合員各自にとつて重要な関心事であると共に総会の議決は定款で特に定められたその要件でもあることからしてその議案、議事を軽視し議事録で省略するというようなことは通常考えられないところである。前記成立が認められる甲第五号証の二、成立に争いがない甲第五号証の四によれば、昭和二十三年七月七日開催原告組合臨時総会の議事録中第五号議案昭和二十三年度における貸付金及び借入金の最高限度決定の件とは原告組合定款第三十八条所定の、借入金及び一組合員に対する貸付金の最高限度を定める案件を指しそれ以外の案件をも併せ指すものとは受取ることができないし、その他被告会社に対する員外貸付を審議承認した事蹟の記載はない。また被告会社代表取締役を代理すると共に原告組合の理事でもあつた証人門永正平の証言ならびに議事録作成者であつた証人遠藤巌の証言も被告会社に対する員外貸付の総会の議決につき明確に言及するところがない等その他弁論の全趣旨を併せ考えるときは右証人松永誠一郎の証言部分は直ちに措信し難く、他に右総会の承認があつたことを認めるに足る証拠はない。却つて以上からして被告会社に対する資金貸付承認の総会の議決はなかつたものと推認せざるを得ない。
しかも前認定の消費貸借契約締結につき被告会社代表取締役を代理した門永正平はまた原告組合の理事でもあつて前記のとおり被告会社に対する員外貸付を審議した原告組合役員会にも出席していることからすれば、被告会社は右総会において承認が諮られていない事情を知つていたものといわねばならない。
従つて原告組合の定款の規定に違反してなされた前認定の被告会社に対する資金貸付は無効である。
そうだとすれば、被告会社に対する不当利得返還請求或いは理事に対する損害賠償請求の問題が生ずるのは格別爾余の諸点を判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がなく棄却すべきである。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 山口定男)